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出島 ~いずしま~ 復興支援・応援ブログ

2012年 11月 23日 ( 1 )

”心の強さ”

心の強さ」、自分自身とても新鮮な響きです。東日本大震災以降色々な言葉が世の中駆け巡り、昨年流行語大賞候補?にもなった「」とか「繋がり」とかもありますが、個人的にはやはりどれも第三者的な立ち位置での造語のような気がしてなりません。
 また自分自身、昨年の311で直接被災してはいませんが、震災直後に目にした自分が生まれ育った故郷の悲惨な状況は見るに堪えがたい状況でした。その状況において被災地の一人の中学生である須田美紀さんの「心の強さ」との主張は改めて考えさせられました。ピュアな目線でまさしくその通りだと思います。出島の復興に向けて頑張りましょう、出島の復興を応援・支援しようとしている人は多いです。

朝日新聞2012年11月23日付け朝日新聞デジタル版記事から
 女川町の女川第一中と女川第二中の合同文化祭が、このほど開かれた。東日本大震災で人口の約1割の人々が犠牲となり、家屋の9割が被災した町は来春、両校を廃校にして、新しい1校に統合する。最後の文化祭に向けて生徒たちは「自分にできること」を考え続け、発表した。
 文化祭では、石巻地区の中学生の大会で優秀賞に選ばれた生徒2人が弁論を披露した。その1人は女川二中2年の須田美紀さん(14)。離島の出島にある二中は震災後から一中に間借りを続けている。島で銀ザケ養殖を再開した父の姿を敬意をこめて語り、「漁師としての『心の強さ』を感じました」。
    ◇
海で働」(女川二中2年 須田美紀さん
「今年のはおっきいぞー」
「早ぐ売りでーなー」
 私は、あの時の両親の笑顔を今でも忘れることができません。
 私が住んでいた女川の小さな離島・出島は、緑豊かな自然、きれいな海が自慢の本当に小さな島です。出島のほとんどの家庭は漁を主な仕事としています。もちろん、私の父も銀鮭などの養殖をしていて、母がその手伝いをしていました。
 2年前、両親は銀鮭の養殖に力を入れ、今までよりもエサやりの回数を増やし、半日近くの時間を銀鮭にあてました。父は、島の人が作業を休む台風の日でも、作業を続けました。高波で揺れているいけすでの作業は、海に落ちる危険があります。そんな命がけの作業も行い、両親は3月下旬の水揚げをとても楽しみにしていたのです。
 しかし、それは叶うことなく終わりました。大震災の津波で、出島は壊滅的な被害を受けました。幸い家族は全員無事でしたが、家は流され、島も海もガレキだらけ。銀鮭のいけすはすべて流され、銀鮭も逃げてしまいました。私たちは出島には住めなくなり、島の人たちは厳しい現状を見て、漁の再開を諦めかけていました。
 ただ、父は違いました。震災後、漁ができず辛そうだった父の表情が変わってきました。父は養殖を再開させることにしたのです。はじめは、島の人たちと港を整えるために、ガレキ撤去の作業をしました。父は無口な人で自分のことは語りませんが、
 「早く養殖を再開させたい」
 「生まれたときから住んでいた島を、早く復興させたい」
 そんな思いで作業を続けたのだと思います。今までとは比べられないほど大変だったはずですが、父の表情は生き生きとしていました。それは、まるで震災前の父のようでした。父の表情を見て、私は震災前の生活が戻ってきた気がしてとても安心しました。
 震災から1年経った今年4月には出荷できるまでになりました。しかし、水揚げされた銀鮭は風評被害の影響で、市場で高く売れなくなってしまったのです。「宮城産だから」という理由だけで値が落ちていく。
 「ただでさえ辛いのに、どうしてこんな偏見にあわないといけないの」
 私はそんな思いで悲しかったです。そしてそのことは、ここまで負けずやってきた父が誰よりも強く感じていたはずです。それでも父は、いつか銀鮭が売れることを信じ、私がこの場に立っている今も、漁を続けています。
 私は今回の大震災で、改めて海で働くということについて考えました。まず、海で働くには「心の強さ」が必要だと言うことです。どんな自然の強さにも負けずに漁を続ける「心の強さ」。津波にも負けず、命をかけて作業を行う父の姿に、私は漁師としての「心の強さ」を感じました。私はそんな父を尊敬します。
 そしてもう一つは、「自分が育った故郷、海を愛する心を持つ」ことです。私たちにとって生まれ育った島や海は宝です。父や島の人たちが、辛い中でも作業を続けたのは、「島や海を元通りにしたい」という強い思いがあったからです。震災に負けず海で漁を続けることは、地域の復興の原動力になります。その姿は、多くの人に勇気を与えることができます。
 「海で働く」父の教えは、自分の育った故郷を愛し、どんなに辛くても負けない「心の強さ」を持つことです。私は故郷が大好きです。大好きだからこそ、故郷の人たちが生き生きとしてほしい。その一員として、私は「海で働く」父を見習い、これからも生き続けます。

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by risingisland1959 | 2012-11-23 17:34 | Comments(0)

宮城牡鹿半島の付け根に位置する小さな離島も東日本大震災で壊滅的な被害。復旧・復興に向け何とか応援したい!
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