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出島 ~いずしま~ 復興支援・応援ブログ

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女川さいがいFMありがとう

***本日の東京新聞記事から*** 本当お疲れさまでした。

 三月で閉局した宮城県女川町(おながわちょう)の「女川さいがいFM」が最後に流したリクエスト曲は、サザンオールスターズの「TSUNAMI」だった。「ずっと聴きたかった」「泣いた」「胸のつかえが取れた」。東日本大震災の後、自粛され続けた名曲を被災地の放送局が自ら放送したことに、静かな反響が広がっている。
 きっかけは一年前のメールだったという。同県南三陸町出身で埼玉県に住む男性が、この曲をリクエストした。男性は津波で親を亡くしていた。仲間とカラオケに行き、TSUNAMIを歌おうとした友人が、男性の身の上を思い出し、歌うのをやめた。変に気を使われるのが苦しい。大好きだったあの曲をいつになったら許してくれるのだろう。そんな気持ちがつづられていた。
 小六の次女を津波で亡くしたパーソナリティー佐藤敏郎さん(52)が番組でこのリクエストを紹介すると、一瞬スタジオが静まりかえった。肉親を亡くした人が目の前にたくさんいる。「今日はちょっと、まだ。ね」。曲はかけられなかった。
 資金難と人手不足で三月二十九日の放送終了が決まり、もう一度話し合った。新しい駅が完成し、商店街も生まれた。五年かけて、やっと普通の曲として聴けるような日常を、この町は取り戻したのではないか。スタッフの総意で決めた。「最後は、あの曲にしよう」
 <風に戸惑う弱気な僕 通りすがるあの日の幻影(かげ)>
 涙と過去、闇に訪れる夜明け、ほほ笑みをくれた人-。ちりばめられた言葉が胸に迫り、小さなプレハブのスタジオで、みんなが泣いた。「何かを思い起こさせるどころか、心を優しく包み込んでくれる」。生出演した須田善明町長はブログにそう書いた。
 放送後、抗議や非難の声は一つもなく、多くのメールが寄せられた。
 <一緒にくちずさんでしまいました。そしたら、自然と涙がこぼれていました。五年間、いろいろありましたね。いろいろありすぎて…この歌がまた聞ける日がきてよかったです 女川町の四十代女性>
 <聞くことができないでいたのは、やっぱりあの日に縛られていたのだろうと思いました。新しい町ができて、だからといって復興したわけでもありませんが、この唄を普通に聞いて、歌っていいと思えるくらいには自分の心も復興したような気がしました 女川町の三十代男性>
 サザンオールスターズの桑田佳祐さんは震災発生以来、この曲を歌っていない。しかし、かつて自分のラジオ番組でこう話していた。「いつか悲しみの記憶が薄れ、この曲を歌ってくれという声があれば、復興の象徴として歌える日がきたらいいと思っている」
 <TSUNAMI> 2000年に発表され、CDシングル200万枚以上を売り上げたサザンオールスターズ最大のヒット曲。ボーカルの桑田佳祐さんが作詞作曲した。「愛(いと)しい女性(ひと)しか見えない」などの歌詞で恋の切なさを歌った曲で、災害としての津波とは全く関係がないが、04年のスマトラ沖地震の大津波以降、タイトルが被災者を傷つけるのではないかとの指摘があり、次第に演奏や放送が避けられるようになったとされる。11年の東日本大震災で、自粛ムードはさらに高まり、テレビやラジオ、コンサートなどからほぼ完全に姿を消すかたちとなった。

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by risingisland1959 | 2016-04-03 11:17 | Comments(0)

宮城牡鹿半島の付け根に位置する小さな離島も東日本大震災で壊滅的な被害。復旧・復興に向け何とか応援したい!
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