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出島 ~いずしま~ 復興支援・応援ブログ

5年

 「5年」という月日が長いかあっという間か個人によって感じ方は違うと思いますが、事実としては今日で震災から5年が経過しました。
 このところ311に関するメディアの報道が多く見かけますが、残念ながら時間の経過とともに被災地の復興状況とは別に、世間の関心が薄れてきているのは否めません。別に東日本大震災に限ったことではありませんが、全ての災害に関して。
 目先の生活をどうするのかで目いっぱいの状況と思いますが、国とか行政だけに頼るのではなく、まず自分たちが将来に向けてどうしたいか、何をすべきか、そしてその為にどういう支援が必要か? を議論してみる必要もあるのではと思います(個人的にですが)。
 午後2時46分、犠牲者に合掌。

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# by risingisland1959 | 2016-03-11 14:46 | Comments(0)

屋根瓦キーホルダー

ご無沙汰しております。大変久しぶりのブログ更新となります。
 震災直後、出島の実家捜索?に行った時に、津波で流された実家の屋根瓦の破片を何個か持ち帰っておりました。暫くどこにしまったのか忘れてましたが、先日偶然見つかりました。
 さてそれを何とか活用できないか?と考え、ネット等で調べ近所の手作りショップに持ち込んで相談したところ、お店(ベニウサギ)の方のご厚意により何と下の画像の様なとても素敵な手作りキーホルダーに変身しました。全て出島の実家の屋根瓦です。
 すべてが津波で流され、何も無くなった状況でどんな形でも何かでも残せればなと。

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# by risingisland1959 | 2016-02-17 17:10 | Comments(0)

出島体験ツアーについて

 東日本大震災の被災地、宮城県女川町出島は依然として復興途上ではありますが完全復興に向け皆頑張っています。今回、島の良いところを体験して頂くためにも、来年の夏休み時期に体験ツアー(一泊二日か二泊三日)を企画しようと考えています。スケジュール、料金等詳細はまだ決まってませんが、概要は以下の感じです(あくまで現時点でのアイデアです)。
ご興味のある方は是非本ブログまでお問い合わせください。

一日目 女川駅集合 ゆぽっぽで足湯→しまなぎ(定期船)で出島へ移動。
キャンプ場?でテント設営。散歩 神社。昼御飯、食材調達 島の人の舟に乗り、魚やホタテ、ホヤ収穫体験。調理 お風呂 夕飯 就寝

二日目: 朝の太平洋からのぼる朝日を見る。島の人との交流、お手伝い等。
昼ご飯BBQ。縄文時代の貝塚散策。岸壁で釣り→調理 お風呂 夕飯 それと夜釣りも!

三日目: テント畳む&撤収作業。状況に応じて民泊、海水浴、バーベキュー等の組み合わせも検討。


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# by risingisland1959 | 2015-12-12 19:01 | Comments(3)

八神純子

 本日付けの読売新聞の記事を拝借(画像省略)。東日本大震災以降の八神さんの積極的な被災地支援活動が垣間見れます。乞うご期待を・・・最近コメント短くてすみません。

日課は朝のジョギング…八神純子さん
2015年12月01日


 家族の住むアメリカと日本を行き来する生活を送っています。
 日本滞在中は東日本大震災の被災地を必ず訪れ、歌っています。
 震災の年の3月は、日本での活動再開に向け、準備をしていた時期でした。途方もなく悲しくなり、炊き出しに行って歌を届けたのが東北とのつながりの始まりです。今は駅を降り立つと、みんなが「純子ちゃーん」と手を振ってくれます。
 「みずいろの雨」や、東北との出会いから生まれた曲を歌うと、「昔と変わらない歌声ね」などと言われます。これまでに積み重ねてきたものを表現するためにも、ボイストレーニングを続け、栄養にも気を配った食事をしています。
 朝のジョギングも日課にしています。元気に活躍しているアメリカの友達と知り合ったのが始めるきっかけです。皆それぞれに体を鍛えていました。私の場合はどこにいてもすぐにできるジョギング。最近は、走る途中で、気になるお店で買い物したり、景色の良いところでコーヒーを飲んだりして戻ってきます。その土地の魅力や人情に触れられるので、東北やツアー先でもやっています。
 人と触れ合うのはすごく楽しい。これからも歌って旅をし、感動を分かち合いたいです。(聞き手・山口正雄、写真・加藤祐治)

八神純子(やがみ・じゅんこ)さん
シンガー・ソングライター。愛知県出身。1978年、「思い出は美しすぎて」でプロデビュー。86年に結婚し、渡米。全国を巡るコンサートツアー「あなたの街へ」を展開中。

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# by risingisland1959 | 2015-12-01 13:06 | Comments(0)

8、9基目の「いのちの石碑」-1000年後の出島へのメッセージ

 毎日新聞地方版 11月1日付けの記事を紹介。この様な地道な活動を継続している女川中卒業生たちに感謝。
あとはこういう石碑などを目にすることにより、日常から個人個人の津波含めた震災に対する意識を高めていくことが必要だと思う。

東日本大震災:女川中卒業生、離島に初「いのちの石碑」 「津波の記憶伝え続ける」 出島の2地区/宮城 毎日新聞 2015年11月01日 地方版

 東日本大震災の教訓を後世に伝えようと活動する女川町立女川中の卒業生グループ「女川1000年後の命を守る会」は31日、津波到達地点を知らせる「いのちの石碑」の8、9基目を町内の離島、出島(いずしま)の2地区に設置した。住民らは「子どもたちが未来を運んできてくれた。津波の記憶を伝え続ける」と約束。高校生も「もっと活動を続けなければ」と決意を新たにしていた。【百武信幸】

 出島は女川港から片道約1時間の定期便で1日3便結ばれている。震災時は2地区に約500人が暮らしていたが、25人が死亡・行方不明となり、全島避難は約4カ月に及んだ。島にあった小中学校は本土の学校に統合され、住民によると、居住者は100人以下に減少しているという。

 女川中卒業生は寄付金をもとに在学中の2013年11月から石碑の設置に取り組んでおり、町内で計21基の設置を予定している。離島は今回が初めて。

 8基目が設置されたのは島北部の出島地区にある永清寺の境内。震災時は約40人が避難した。地区の高齢者ら10人は、当時と同じように助け合いながら階段を上って除幕式に参加し、卒業生が読み上げた「大きな地震が来たら、この石碑よりも上へ逃げてください」という碑文の言葉に聴き入った。区長の酒井実さん(74)は「碑を見守り、頑張って出島の再生に尽くしていく」と力を込めた。

 9基目は島南部の寺間地区にある厳島神社の参道に建てられた。区長の須田菊男さん(66)は、小学5年の時にチリ地震津波に遭った記憶を卒業生に語り、「当時は人的被害がなく、その経験があだになって震災の時に家に戻ってしまった人もいる。この石碑で、1000年後まで教訓を伝えてほしい」と呼びかけた。

 参加した阿部健さん(81)は「震災後、島に子どもの姿がなくなり希望を失った気がしたが、この子たちが碑とともに未来を運んできてくれた」と笑顔で話した。

 この日参加した卒業生はメンバー23人のうち高校2年の3人。伊藤唯さんは「助けられた感謝の気持ちをもっと形にして残したい」。山下脩(しゅう)さんは「観光で島に来る人もおり、一緒に逃げて命を守ってもらえたら」。神田七海さんも「『石碑を見守っていく』という言葉がうれしかった。自覚と責任を持ってこれからも活動を進めたい」と、それぞれ今後への決意を語った。

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# by risingisland1959 | 2015-11-01 14:13 | Comments(0)

宮城牡鹿半島の付け根に位置する小さな離島も東日本大震災で壊滅的な被害。復旧・復興に向け何とか応援したい!
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